【ブログ版】世界の名作文学を5分で語る|名作の紹介と批評と創作

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自作の小説「祖父の時計 第2話」境界の村シリーズ

翌日、祖父の遺体は神妙な手つきで裸にされて、全身を湯で洗われ、髪や髭を剃られ、爪もきれいに切りそろえられた。あの世への旅立ちなので、身なりを整えるのだという話にわたしは妙に納得した。それらの儀式の一連の流れは、あの世が存在するという大いなる仮想の上に成り立っていたわけだが、その中にどっぷり浸っていると、少なくとも遺族にとってあの世は明らかに実在していた。わたしたちの誰もが、祖父というものが完全に消えてしまって、後には無が残っただけとは考えていなかった。

 

身支度を終えた祖父は近所の寺に運ばれた。棺は村のしきたりに従い、白装束に脇差で身を固めた八人の男たちが肩に背負った。その後を親族一同付き従うのである。そして村中の者が通りに出て、その行列を見守り、通り過ぎると親族のあとに続いて寺に向かう。そして、最後にはかなり長くなる行列の周辺で、子ども達がお祭りででもあるかのように走ったり、指差したり、笑ったりして騒ぐのである。

 

このようにして一人一人の死を、村を挙げて見送っていた。

 

寺の中ではお経の声が浪々と響き、線香の匂いが立ち込め、葬儀はつつがなく執り行われた。参列した大勢の村の人達の見守る中、親戚一同火葬場行きのバスに乗った。祖母と長男の人のいい伯父が霊柩車に乗った。

 

  火葬場で祖父の棺桶が炉の中に入れられる直前、母の十二人の兄弟たちが祖父の顔を覗き込んで別れの言葉をかけた。おじやおばたちのただならぬ叫び声があった。そして炉の中で炎が遠くの雪崩のような音を立てた時、彼らの鳴咽が始まり人のいい伯父は号泣した。

 

 

その場の雰囲気はわたしの心から一切の見得や外聞を取り除くと同時に、死というものの大きさを改めて感じさせた。わたしは自分の気持ちに正直に、尽きることなく涙を流し続けたのだった。

 

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