【ブログ版】世界の名作文学を5分で語る|名作の紹介と批評と創作

YouTubeチャンネル『世界の名作文学を5分で語る』のブログ版です。世界と日本の名作紹介と様々な文学批評 そして自作の詩と小説の発表の場です

【文学雑感】リルケとカフカの作品には凋落する「黄昏の帝国」の歌が流れる|19世紀末のハプスブルク帝国に住んでると人は絶望する

リルケを読んでいると その作品世界の向こうにいつもこんなことを感じます

マルテもドゥイノも黄昏のオーストリアハンガリー帝国の

雰囲気の影響を受けているように思えるということです

実はカフカの城や審判にも同様の印象があり もしもカフカの小説舞台がロンドンやパリならあんな風にはならないのではないか?などと思ったりします

オーストリア皇帝はナポレオンが神聖ローマ帝国を解体するまでは

公式には神聖ローマ帝国の皇帝でした

で解体されたのでオーストリア皇帝となりこれが没落の第一歩 それまでは

962年から続くドイツ国民の帝国と呼ばれたドイツ第一帝国の主催者、ドイツの代表者だったのです(ビスマルクが宰相をしたのが第二帝国 なのでナチス第三帝国と呼ばれます)

神聖ローマ帝国の冠がなくなっても

ナポレオン戦争当時はヨーロッパ最大の大国と言っても過言ではなく

それがしかし対ナポレオン戦争終結へ向けて 重要な役割を果たせなかった

ナポレオンを倒したのはロシアとイギリスとプロシャであるという感じです

 しかしウィーン会議ではメッテルニヒが会議は踊るとも言われたように

平和条約の場を仕切って少し失地回復しましたがそのメッテルニヒが失脚したのが

1848年三月革命です

そしてここから後は 1866年の普墺戦争の敗北 イタリア独立戦争(1859年あたり)も北イタリアの領土は守ったものの最終的には事実上の敗北を喫したようなものです

長く分裂していた豊かなゾーンがイタリア王国ドイツ帝国の統一により勃興した結果

オーストリアの力は相対的に激減しますし産業革命にも乗り遅れさらに皇帝の後継者たちが立て続けに死んでいくなど凋落の一途をたどります

リルケが生れたのはまさにこんな時代だったのです

なんとなく厭世気分 なんとなく内面に向かわざるを得ないのは南北朝の中国で南朝漢人たちが清談に講じるしかなかったことと相通ずるかもしれません

その後は第一次世界大戦オーストリアハンガリー帝国は瓦解しハンガリーチェコボスニアヘルツェゴビナもみな別の国になってしまいました

リルケの生れたのは

1875年12月4日 1926年12月29日

まさに黄昏ていく帝国で生れ育ち 帝国崩壊後に死去します

 

カフカ 1883年7月3日 - 1924年6月3日

リルケと同じ流れです

 

 ホフマンスタール1874年2月1日 - 1929年7月15日

アルトゥル・シュニッツラー(Arthur Schnitzler, 1862年5月15日 - 1931年10月21日)



シュティフターは生誕1805年10月23日 発表1875年 没年1868年1月28日

 

帝国の最後の輝きの段階の時代を生きる

 

モーツァルト 生まれ: 1756年1月27日, 死去: 1791年12月5日

ハイドン 1732年3月31日 - 1809年5月31日

リスト 1811年10月22日 - 1886年7月31日

グリルパルツァー(Franz Grillparzer, 1791年1月15日 - 1872年1月21日)は、オーストリアの劇作家

クロプシュトック(Friedrich Gottlieb Klopstock, 1724年7月2日 - 1803年3月14日)

 

オーストリアにエネルギーがあったのは18世紀までのような気がするのです

 

このオーストリアハンガリーの黄昏と崩壊の雰囲気がリルケという個人にもカフカという個人にもぼくはなんとなくですが強く感じるのです

そしてリルケの詩はこの帝国の黄昏と崩壊の雰囲気と無縁ではいられなかっただろうと思います

ユングのいう集合的無意識とまでは行かなくても共同幻想のように

オーストリアの人々は隣にできたプロシアドイツ帝国の活気に 妬みや敗北感を感じるだろうしイタリアに対してももはや影響力をふるうことなどできません

みんな我々の国の栄華は終わったと思いながら日々を過ごしている そんな社会の風潮をうけたのでしょう 

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最近の私の読書後の気分

最近の文学読書はことごとく動画に挙げています

直近はリルケの 若き詩人への手紙

その前が パーカーの 晩秋 でした

晩秋の前は 1か月ほど源氏物語についてあれこれ目を通していました

そんなに多読でもないのですが 読んで気に入ったものは

再読精読します

言語化できるようになりました

どう思ったかとか どんな感想をもったかとか

そのまま言葉にできるようになったのです

なんかよかったとか なんか物寂しいとかではなくて

なぜなにがよかったかとか なにがどう淋しさを引き起こすのか

というようなことを言葉にすぐにできるようになったのです

最近は読み方がわかったというか 初めて読んでも自分なりにその世界を受容できるようになりました

そうなると 読み終えたら動画にアップできるようになっています

ここしばらくの予定は

村上春樹ノルウェイの森

佐伯一麦の 遠き山に日は落ちて

ヘミングウェイキリマンジャロの雪

フーケの ウンディーネ

などなど

 

読むのがほんとに楽しくなりました

年を取ったことによる副作用のようなものですね

 

 

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リルケ『若き詩人への手紙』を精読・深読み・徹底解説しました

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リルケがカプスという若者に宛てて書いた10通の手紙には リルケの世界観 孤独感 人間観が凝縮しています しかし リルケ的表現のオンパレードで異様に難しいものとなってもいます 今回はそんな手紙の 勝手な深読み解説です

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ブログ版|坂口安吾『堕落論』の普遍性

 

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坂口安吾堕落論を読んでいたらヘッセのツァラトゥストラの再来とデミアンを思い出しました そしてルソーのエミールも思い出しました 時間が立ち日本を離れて俯瞰するときあの論文は単なる日本人論ではなくなります

聖なるものが堕落した戦後社会

神風特攻隊をはじめたとした聖戦に殉じた聖なる戦士たち

それをささえた戦争未亡人=聖女たち

そんな神々しい戦時中の人々が

生き残ったが故に堕落していくのは いかがなものか?

戦時中を思い出し 今一度日本人としてのモラルを回復せねばならない

そんな世の中の風潮を真向から否定したのが堕落論です

生き残るということは そして生き続けるということは

死と隣り合わせの究極の固定した現在が解凍し 未来に進んでいくということ

だから次のような現象が起こってあたりまえ

 

戦争未亡人は生涯戦死した夫に操をたてる

→他の男を好きになって再婚する

戦死した友人の分まで戦後日本で立派に生きていく

→闇屋になって詐欺もする

 

人間は生きるためには堕落するのが必然である

というのが坂口安吾の考え。

武士道や軍人精神、その他もろもろの論語などの道徳律は

人間が堕落することを知っているものが 防止のために作っただけで

人間の本性とは真逆のルールである

だから堕落こそ湛えられるべきである

堕落しないようにみんなが生きる時

国家間の戦争さえ起こるのだ

そして堕落するためには 本性を解放し

堕落を受け止めることができれば人生は光輝くのである

 

これは第一次大戦後のヘッセがドイツ社会に発信した

デミアンや ツァラトゥストラの再来に酷似したメッセージだと思う

坂口が堕落と表現したものをヘッセは己自身を知れと表現したのである

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ロバート・パーカーのスペンサーシリーズから|『初秋』と『晩秋』

今回は純文学には入りませんが アメリカのミステリー作家 ロバートパーカーの

スペンサーシリーズからご紹介です

レイモンド・チャンドラーのフィリップマーロウの後継者的に一時期とても流行りました

マーロウと違っておしゃべりで楽しく 哲学的です

しかし異様に喧嘩が強くギャングとも互角以上に渡り合える

マーロウはその点等身大でしたね 暴力という点ではかなわなかったが

知恵とからめ手で問題をクリアしていた

スペンサーの事件解決法はちょっと漫画的なのでぼくはスペンサーシリーズ全体を

そんなに好んではいないのですが初秋は愛する作品です

初秋は一時期毎年秋になると読んでいた

で 今回たまたまその続編というもいうべき晩秋を読了したので

YouTube動画にアップしました

ということで初秋と晩秋の動画を貼っています

 

 

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井上靖『孔子』を30年ぶりに再読した

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井上靖孔子を読んだのはもう30年近く前です

これは孔子と弟子の物語だから

いわゆる男女の恋愛やロマンはありません

つまり男性だけの限られた少数の人間集団の 

思想的生活のドラマです

 

面白くなさそうですね(笑)

でも結構面白いです

 

そこは井上靖の名人芸です

 

論語で示される思想について

その言葉を孔子が発した時の孔子と弟子たちの状況について

そしてはじめてその言葉を聴いたときの弟子たちの感動について

そういうことが小説仕立てで語られていきます

 

論語の言葉は漢文で出てきます

孔子達は普通の言葉で話します

論語の言葉はこの小説の中で 歌として 扱われていますね

実際には 話ことばと同じ古代の中国語ですが

現代の日本の読者に無理なく入っていけるようにそんな工夫が為されています

 

というような感じで 孔子 について

動画で語っています

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文学朗読とは演奏である|日本語の朗読と翻訳の朗読

 

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小説の中を抜粋して朗読します 1~3分ほど 三島由紀夫 志賀直哉 森鴎外 夏目漱石 堀辰雄 を読み比べ いや 文体の味わい比べをやってみます

 

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引用朗読は以下の時間配分になっています トルストイ 戦争と平和 3分~9:02 ヘミングウェイ 海流の中の島々 9:06~14:30 ディケンズ デヴィッド・コッパーフィールド 14:03~20:03 ジッド 20:03~26:16

 

読書は演奏である

音読する朗読という形の読書は

そのまま楽器の演奏として考えることができます

楽譜が作品テキストであり それを読むことが演奏

ということになります

しかし

音読でなく 黙読でもやはり演奏です

その場合意味のメロディーが 頭の中に鳴り響くのです

 

そうはいっても朗読は良い

しかしそうはいっても

やはり黙読にはない魅力が音読にはあります

黙読だとなんとなく印象がスルーしていくのですが

朗読だと それも聴いてくれる人がいる状況での朗読だと

演奏会のような雰囲気になり

言葉の意味をしっかりと捕まえることができるのです

 

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