文学創作 小説 詩 ポエム エセーのためのカフェ
発見3
石段を登って道国寺の門の前で後ろを振り返った。遠くの山々に桜が点在し、杉木立は大量の花粉を空中に振りまき、青空を背景に雲の白さがくっきりと浮かんでいた。街のざわめきもここには届かず、暖かな日差しと長い長い歳月の中に寺はまどろんでいるのだ。
門をくぐる。
道国寺はあまり有名な寺ではないが根強い人気もあり、年間通すとそこそこ人が訪れるらしい。奈良時代よりも前に建てられたそうだが、そんな古さを実感できるほど知識も興味もなかった。
寺の境内は森閑としていた。
神社にいる気分になる。寺と神社となぜわけて作られるのかぼくにはよくわからない。葬式が寺で神社はお参りだというくらいには知っていたが、同じとこにあれば神も仏も同じ場所にいて神様仏様と、呼びかけやすいと思う。ぼく自身マウンドで苦しいときは神様に祈るか仏様にすがるか、ときどき迷ったものだ。いずれにしとどっちも静かで気分がよくなる点では同じじゃないかと思うのだ。
ただ道国寺の中には神社もあった。なんならどこも同じとこにあれば便利なのにと思った。
鳥居の下でハルミ先生が手を振っていた。
「おはようございます」野球少年らしく大声で元気よく挨拶した。
「おはよう、来てくれて助かったわ」
にこやかに出迎えてくれたハルミ先生は上気してるように見えた。
ハルミ先生は草色のジーンズを履き靴もスニーカー、野球帽をかぶりトレーナーを来ていた。ほとんど学校にいる時のような格好だった。30歳の女の人はもっとおしゃれするものではないのかと男子生徒の間では言われていたが、それは何より先生が美人だったからだ。こんな美人はおしゃれするべきだろうというくだらないおしゃべりをぼくらはしていたのだ。
その日の先生はおまけにリュックを片方の肩で背負っていた。
「色気なさすぎですよ、先生」
「このリュックには軍手とかシャベルとか必要なものがはいってるのよ」
「そりゃあそうなんだろうけど」
ぼくらは神社の賽銭箱の後ろの階段を登っていった。こんなところを登ったのは生まれてはじめてだった。
「ばちがあたりませんか?」
「大丈夫よ。もう先生の先生だった人がきちんとお祈りして許可はとったから」
神様が「OK」と言ったんだろうか?などと半分笑いながら先生の後について行った。
発見4
階段をのぼり、普段手を合わせている観音開きの扉をハルミ先生が開ける。
中は意外と奥行がない。6畳くらいの空間の半分ほどの板が剥がれており、穴があった。その穴の中にハルミ先生の恩師が立っていた。
「先生、この子です。野球部のエースで今は怪我で練習してないんで頼みました」
怪我というのとはちょっと違うぞと思った。
「ありがとう。助かるよ」やや無愛想な喋り方だ。
「先生の先生ってやっぱ高校の先生ですか」
「今は大学で教えてるのよ」
「へえ、すごっ。じゃあ教授ですね」
「大学で教えてるのはそのとおりだが、ぼくは教授じゃない」
「あっ、じゃあ准教授っていうやつですか」
「それも違う。ぼくは講師だ」
「論語を書いた人のことですか?」
「ないです。でも非常勤講師って長いから、そうだ孔子先生って呼ばせてもらいます」
ハルミ先生がクスクス笑っている。
「笑うシーンではないだろう、佐藤くん。さっそくはじめようか」
「わかりました、先生。じゃあ高田くん、最初に説明するわね」
ハルミ先生が熱く語りだした。教室ではうざく感じた熱さがここでは自然だった。
「今孔子先生が立ってる穴はね」
「きみまで孔子先生ときたか」
ぼくは笑った。
発見5
孔子先生が独り言のようにつぶやいた。
「一週間まえ導国寺の住職から相談があった」
「お坊さんに知り合いがいるんですか」
「だめよ高田君、先生は話してるときは自分自身の考えに耽ってるのよ」
じゃあ黙って考えろよ、と思いはしたが口に出せるわけもない。
「妻がね、この寺の坊さんに書道を教えてるのさ」
なるほどよくわかった。
「それで妻がいうには、住職から歴史的なことかもしれないから調べてほしいということでね」
さっぱりわからない。
「高田君、孔子先生はね。自分の頭の中の考えをそのまま口にするのよ」
ハルミ先生がフォローする。
この調子だと全貌がわかるのにどれくらいかかるかさっぱりわからない。
「この祠、あの大地震の時に壁にひびが入ったそうだ。それで白壁を上塗りしてひびを塞いでいたのだけど、なぜだかはがれてね、上塗りが。そんなこと考えられないと工務店の人が言ってたら、やがてひびが大きくなりある日崩れ落ちたんだそうだ。そしたらこの一畳くらいの空間が壁の奥にあってね」
「一畳くらいの空間ってどこのことですか」
「質問の多い子だな。なかなかいいことだ。近頃の若者は質問をしない。物事に興味がないからだろうな。そういう意味では君は好奇心があるということだな」
「それで孔子先生、一畳の空間ってどこのことです?」
「もうない。壁が壊れたのだから一畳の空間は他の5畳の空間と合体して今はこの部屋全体が6畳の空間となっているわけだよ」
得意げにしゃべってる割には何言ってるかものすごくわかりにくい
全貌がわかるのにはまだまだ先が長いぞ、とぼくは思った。