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自作の童話
雲の妖精の物語 by 海部奈尾人
1.山に登る男の物語①
私は雲の妖精です。世界中の雲の中にときどき目覚めてはあれこれ語るのが私の生き方。
昨日は月と一晩中話をするうち、切れ切れに私は消えてしまったのですけど・・・・
今夜は眠れずに窓から星を眺める子供たちに、思い出話をおしゃべりしたいと思います。
私はもうかれこれ1万年は今のようなライフスタイルを続けてます。その前はどんな風だったかよく覚えていません。
人間を眺めるようになってから、最初はしばらくずっと、動物なのか人間なのかよくわからなくて、自然の中の物語に溶け込んでいたのですけど、5000年くらい前から、人間の物語だけが独立して営まれていくようになったみたいです。
あれはいつごろだったか、ずいぶん昔ですけど、ある時山に登る一人の男を見かけたことがあります。
まだ人間たちが、ようやく自分で火を起こせるようになった頃のことです。その人は奥深い山に入っていきました。
そのときの私は、ただの雲で目覚めたのではなく、今ではアルプスと呼ばれるようになった高い高い山の、その真ん中付近から天空まで覆いつくそうかというほどの巨大な雲の塊の中で目覚めたのでした。
すると男が一人、逃げるように急いで山を登っているのを見かけました。
男はしばらくすると食事をするためか立ち止まり、雪をほって火をおこしました。何種類もの火打ち石を持ち歩き、どんな天気でも火を起こせるようにしてました。
わたしは話しかけました。
「寒くて凍え死ぬかもしれないから家に帰ったほうがいいですよ」
すると男は顔を上げて言いました。
「追われている。逃げおおせたらいつの日か家に帰って、置いてきた家族と動物に会いにいくのさ」
私は男が食事する間、風に頼んで吹くのをやめてもらいました。
男が食事を終えると待ってましたとばかりに風が再び吹き始めました。
男はでも暖かいたべもので力を得たのか、しっかりした足取りで歩き始めました。
私は雪雲の中に潜り込み、雪を降らすのをやめてあげました。
さすがに吹雪ともなると死んでしまうかもしれませんから。
男のずっと後ろに人影が見えてきました。
わたしは不安な気持ちになりました。
なんだか男を追いかけているように見えたのです。そして男の心はやさしく、後ろの二人の人影には邪悪なものを感じました。
そこで私は男には降らすのをやめた雪を風に混ぜて飛ばしました。吹雪が二人の人影の歩みをずっと遅らせたのでした。
「あなたは追われているの?」私は聞きました。
「わたしは王だ。王の地位を狙った悪者に追われている」
この男は王様なのでした。
まだ人類が大きな権力をもったリーダーによって、支配される前の時代です。それでも小さな国の小さな王がいたのです。
「もう国には戻らないのですか?」
「反乱した者たちを平らげてたら帰るつもりだ」
男の表情には明るいものがありました。