【ブログ版】世界の名作文学を5分で語る|名作の紹介と批評と創作

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自作の詩 沈みゆく船と共に死にゆく人々の夢    by 辻冬馬

文学創作 小説 詩 ポエム エセーのためのカフェ

その船は一気に沈没した





甲板にいたぼくは

船と一緒に海中へ引き込まれた

船が沈めばもう助かる見込みはなく

こうやって甲板に座ったまま

溺れ死ぬのだなと思っていたが

息に余裕があり体力にも余裕があり

この顛末の全体を同時に傍から

見ている僕自身は

これほど命に余裕があるので

どの道助からぬとしても

もう少し生きようと思って

海面を目指した


助かる見込みはないのだけど

そのことを

実によく承知していたのだけど

海面に頭を出したとたんに

板切れが浮いていて

誰かと同時にしがみついて

子供が一人浮き上がってきたので

引き寄せようとしたが

もうつかまる力がないと

憔悴はしていても穏やかな

顔をして沈んでいった





その子供の

命をあきらめる姿勢は神々しく

板切れにへばりつく自分が

情けなくもあったし

あまりに対照的で暗示めいてもいたが

生死の境目では深く考える余裕もなく

とにかくぼくは誰かとへばり付き

沈まないことだけに集中して

適温の海水に浸り星空さえ眺めていた

それは聖典の言葉の一つ一つが

輝きながら揺らめきながら

今の自分たちを見守っているかのよう


やがて多くの子ども達が沈んでいく

星々が雪となって

海底に降り積り

新たな世界を築いているのだ

自分のことはさておいて

そうであって欲しいと願った

別の世界の幸せの中に

あの子たちが

生まれ変わって欲しいと

願いながら

子ども達が沈んでいくのを見ていることしか

できない




やがて足がついてぼくは上陸したが

それは明らかに海底でありながら

水はどこにもなく 

客観的には死んだはずだが

しかしぼくは意識を持ち

出迎えた人は

若くして死んだあの人と

生きているはずのあの人の妻

そして街ではないのにレストランがあり

そこで働いているのだと彼が言って

ぼくらはあらゆる子ども達のことを忘れて

ディナーを取る

もう船の記憶さえない


命をあきらめることが

どれほど苦痛だったか彼は語る

驚いてぼくはあの日の新聞記事を

ワインと共に注文する

やがて白ワインの中に

記憶のような模様が

星のように光って揺れていた


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