【ブログ版】世界の名作文学を5分で語る|名作の紹介と批評と創作

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「聖徳太子  夢殿で見る夢」 辻冬馬

聖徳太子  夢殿で見る夢」

かつてはよく船が沈んだ

あの長安からの荷物を運ぶ船が沈むたびに
無数の教典も海の藻屑となったのだ
その教典の一文字一文字が
束縛を解かれて海中ににじみ出て
沈没船に降る雨のように
光り輝く仏となって海底に沈みゆく




かつてはよく寺社も宮殿も燃えた

われらの都は何度も燃えた

細胞が入れ替わるように

建築は交替していった

記録さえない名もなき寺の壮麗な最後には

ガンダーラに由来する人型の仏像たちが

人々の災厄のすべてを引き受けて

紅蓮の炎と共にその在り方を変えていった



かつてはよくその辺に死が転がっていた

老齢で家族に見送られながら家郷で死ぬ

などというものは錯覚であり

それは寿命でも生の全うの典型でもない

生き物の寿命というものは

弱った時 

最初に食われる立場になったときであり

弱った時

もう食い物を追いかけられなくなったときだ




そしてまた

人という生き物も

無数の病の穴倉に入り

無数の事故や災害や戦や

他人の不埒な心のために

赤子から若者までも

若い母親も壮健な男も

実にあっさりと死ぬのである

そのどれもが正当な死への縁なのであると

伝え諭し共に嘆き受け入れるために

かつて船は教典を運び

かつて寺社は都のシンボルとなったのだ

だが本当にわれらを救うべき存在は

沈没船に降り注ぐ仏たち光の雨であり

寺とともに紅蓮の炎と化す仏像の微笑みだったのだ

そしてそれを見た者は誰もおらず

伝え聞いた者がただ

想像してそっと新たな文字に変えて

書き残すのみなのだ