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めくらぶどうと虹<宮沢賢治作>全文朗読動画

動画です

 

 

 

9分30秒から朗読のさびの部分に入ります

 

宮沢賢治 の小品。短い #童話 ですが #めくらぶどうと虹 には宮沢賢治のエッセンスのすべてがつまっているかもしれません

いずれにしても 作中のさびの部分、虹のセリフはあまりにも美しく真実です


全文掲載

 

 城《しろ》あとのおおばこの実《み》は結《むす》び、

赤つめ草の花は枯《か》れて焦茶色《こげちゃいろ》になり、

畑《はたけ》の粟《あわ》は刈《か》られました。

 

 「刈《か》られたぞ」と言《い》いながら

一ぺんちょっと顔《かお》を出した野鼠《のねずみ》がまた急《いそ》いで穴《あな》へひっこみました。

 崖《がけ》やほりには、まばゆい銀《ぎん》のすすきの穂《ほ》が、いちめん風に波立《なみだ》っています。

 その城《しろ》あとのまん中に、小さな四《し》っ角山《かくやま》があって、上のやぶには、めくらぶどうの実《み》が虹《にじ》のように熟《う》れていました。

 さて、かすかなかすかな日照《ひで》り雨が降《ふ》りましたので、草はきらきら光り、向《む》こうの山は暗《くら》くなりました。

 そのかすかなかすかな日照《ひで》り雨が霽《は》れましたので、草はきらきら光り、向《む》こうの山は明るくなって、たいへんまぶしそうに笑《わら》っています。

 そっちの方から、もずが、まるで音譜《おんぷ》をばらばらにしてふりまいたように飛《と》んで来て、みんな一度《いちど》に、銀《ぎん》のすすきの穂《ほ》にとまりました。

 めくらぶどうは感激《かんげき》して、すきとおった深《ふか》い息《いき》をつき、葉《は》から雫《しずく》をぽたぽたこぼしました。

 東の灰色《はいいろ》の山脈《さんみゃく》の上を、つめたい風がふっと通って、大きな虹《にじ》が、明るい夢《ゆめ》の橋《はし》のようにやさしく空にあらわれました。

 そこでめくらぶどうの青じろい樹液《じゅえき》は、はげしくはげしく波《なみ》うちました。

 そうです。今日《きょう》こそただの一言《ひとこと》でも、虹《にじ》とことばをかわしたい、丘《おか》の上の小さなめくらぶどうの木が、よるのそらに燃《も》える青いほのおよりも、もっと強い、もっとかなしいおもいを、はるかの美《うつく》しい虹《にじ》にささげると、ただこれだけを伝《つた》えたい、ああ、それからならば、それからならば、実《み》や葉《は》が風にちぎられて、あの明るいつめたいまっ白の冬の眠《ねむ》りにはいっても、あるいはそのまま枯《か》れてしまってもいいのでした。

 

 「虹《にじ》さん。どうか、ちょっとこっちを見てください」めくらぶどうは、ふだんの透《す》きとおる声もどこかへ行って、しわがれた声を風に半分《はんぶん》とられながら叫《さけ》びました。

 やさしい虹《にじ》は、うっとり西の碧《あお》いそらをながめていた大きな碧《あお》い瞳《ひとみ》を、めくらぶどうに向《む》けました。

 「何かご用でいらっしゃいますか。あなたはめくらぶどうさんでしょう」

 めくらぶどうは、まるでぶなの木の葉《は》のようにプリプリふるえて輝《かがや》いて、いきがせわしくて思うように物《もの》が言《い》えませんでした。

 「どうか私のうやまいを受《う》けとってください」

 虹《にじ》は大きくといきをつきましたので、黄や菫《すみれ》は一つずつ声をあげるように輝《かがや》きました。そして言《い》いました。

 「うやまいを受《う》けることは、あなたもおなじです。なぜそんなに陰気《いんき》な顔をなさるのですか」

 「私はもう死《し》んでもいいのです」

 「どうしてそんなことを、おっしゃるのです。あなたはまだお若《わか》いではありませんか。それに雪が降《ふ》るまでには、まだ二か月あるではありませんか」

 「いいえ。私の命《いのち》なんか、なんでもないんです。あなたが、もし、もっと立派《りっぱ》におなりになるためなら、私なんか、百ぺんでも死《し》にます」

 「あら、あなたこそそんなにお立派《りっぱ》ではありませんか。あなたは、たとえば、消《き》えることのない虹《にじ》です。変《か》わらない私です。私などはそれはまことにたよりないのです。ほんの十分か十五分のいのちです。ただ三|秒《びょう》のときさえあります。ところがあなたにかがやく七色はいつまでも変《か》わりません」

 「いいえ、変《か》わります。変《か》わります。私の実《み》の光なんか、もうすぐ風に持《も》って行かれます。雪《ゆき》にうずまって白くなってしまいます。枯《か》れ草《くさ》の中で腐《くさ》ってしまいます」

 虹《にじ》は思わず微笑《わら》いました。

 「ええ、そうです。本とうはどんなものでも変《か》わらないものはないのです。ごらんなさい。向《む》こうのそらはまっさおでしょう。まるでいい孔雀石《くじゃくせき》のようです。けれどもまもなくお日さまがあすこをお通りになって、山へおはいりになりますと、あすこは月見草《つきみそう》の花びらのようになります。それもまもなくしぼんで、やがてたそがれ前の銀色《ぎんいろ》と、それから星をちりばめた夜とが来ます

 そのころ、私は、どこへ行き、どこに生まれているでしょう。また、この眼《め》の前の、美《うつく》しい丘《おか》や野原《のはら》も、みな一|秒《びょう》ずつけずられたりくずれたりしています。けれども、もしも、まことのちからが、これらの中にあらわれるときは、すべてのおとろえるもの、しわむもの、さだめないもの、はかないもの、みなかぎりないいのちです。わたくしでさえ、ただ三|秒《びょう》ひらめくときも、半時《はんとき》空にかかるときもいつもおんなじよろこびです」

 「けれども、あなたは、高く光のそらにかかります。すべて草や花や鳥は、みなあなたをほめて歌います」

 「それはあなたも同じです。すべて私に来て、私をかがやかすものは、あなたをもきらめかします。私に与えられたすべてのほめことばは、そのままあなたに贈《おく》られます。ごらんなさい。まことの瞳《ひとみ》でものを見る人は、人の王のさかえの極《きわ》みをも、野の百合《ゆり》の一つにくらべようとはしませんでした。それは、人のさかえをば、人のたくらむように、しばらくまことのちから、かぎりないいのちからはなしてみたのです。もしそのひかりの中でならば、人のおごりからあやしい雲と湧《わ》きのぼる、塵《ちり》の中のただ一抹《いちまつ》も、神《かみ》の子のほめたもうた、聖《せい》なる百合《ゆり》に劣《おと》るものではありません」

 「私を教えてください。私を連《つ》れて行ってください。私はどんなことでもいたします」

 「いいえ私はどこへも行きません。いつでもあなたのことを考えています。すべてまことのひかりのなかに、いっしょにすむ人は、いつでもいっしょに行くのです。いつまでもほろびるということはありません。けれども、あなたは、もう私を見ないでしょう。お日様《ひさま》があまり遠くなりました。もずが飛《と》び立ちます。私はあなたにお別《わか》れしなければなりません」

 停車場《ていしゃじょう》の方で、鋭《するど》い笛《ふえ》がピーと鳴りました。

 もずはみな、一ぺんに飛《と》び立って、気違《きちが》いになったばらばらの楽譜《がくふ》のように、やかましく鳴きながら、東の方へ飛《と》んで行きました。

 めくらぶどうは高く叫《さけ》びました。

 「虹《にじ》さん。私をつれて行ってください。どこへも行かないでください」

 虹《にじ》はかすかにわらったようでしたが、もうよほどうすくなって、はっきりわかりませんでした。

 そして、今はもう、すっかり消《き》えました。

 空は銀色《ぎんいろ》の光を増《ま》し、あまり、もずがやかましいので、ひばりもしかたなく、その空へのぼって、少しばかり調子《ちょうし》はずれの歌をうたいました。

 

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