【ブログ版】世界の名作文学を5分で語る|名作の紹介と批評と創作

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自作の詩「笛を吹く者」by 海部奈尾人


創作 詩と小説 エセーと随筆              


墓地を抜ける細い道を

広場に向かう一人の少年がいた

そこに漂う多くの幽霊たちが

帰り忘れた

昼間のこだまたちと遊ぶ時刻


そのゆらめく者たちが

少年の瞳に光となって映り

少年の耳の奥底では

その歌声めいたざわめきが響き 

それに併せて少年が笛を奏でると

その音色は

そっと吹きかけるそよ風となり

道端の草陰をかすかに揺らし

木の枝を撫でる振動となり

夜に漂うある種の空気の流れとなる

ものみなが踊り始める時刻




その舞踏を通り越して

少年は進み

自らの音色の後を追い

木々の屋根を抜け

月の光にたどりつく

風が草原を爪弾き

星々の揺らぎが空に滲込んでいくとき

現れるべくして現れたそのものが

笛に座り少年を見つめる

少年もまた

音色に揺れながら語るその者を見つめ返し

囁きを聞きそしてつぶやきを返す

その時刻


遠くはあるが確実にやってくる未来と

遠くはあるが確実につながっている現実と

この草原には届かないが

この草原も決して無縁ではいられないと

月の子は告げに来たのだ

また数多の嘆きと悲惨について


古の司祭が

共同体の中の

あまりの悲嘆の多さに

一つ一つの出来事を

神殿で受け止めることができなくなり

天に向かって

私の胸の内の悲しみを

ご覧になりお救いくださいと

悲嘆を総体として背負ったように

溢れ替える世界中の悲劇を

引き受ける人が必要なのだ

一つの一つの生命の

絶対の悲嘆が

垂れ流しのように発信され

おしゃべりのように見聞きされる

感覚の何かが消えて久しい

それは

いつの時代にも失われており

それは

あるべきとされるがあったためしはない

そのものの不在は痛々しいと

月の子がうなだれる時刻



月の子はうったえる

時計が太陽の子を連れてくるまでに

そのからだに

所有する時間が残っている間に

何かにたどり着かなければ

生きてはいけないと


月の子を繋ぎ止めるすべを

見つけたい少年はひたすらに

笛を吹く

音色の尽きたとき

墓碑銘が告げられ未来が提示され

ささいで決定的な悲嘆の数々が

押し寄せる

少年はおぞましい文字を見たくない

文字そのものを知りたくない

最初の一文字がなければ

ありとあらゆるつながりは消え

純粋に音色の中で生きることができるのだ


時間の

矢のような進行を

しばし停止できたとしても

その奥の方では確実に

海流のような動きがある

それは法則のような在り方をする

止めることはできず向きも変えられない




やがて

少年は自らの死を超えて

笛を捨て

歌を歌う

数多の死を

人のつながりでは飲み込めない死を

何かに託すこともなく

自らの体を振り絞って

歌い上げるのだ

朝日に響き渡る声に

少年のすべては変容し

世界に声が満ちることを

祈りながら

それは止む




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