名詩紹介
帰郷
柱も庭も乾いている
今日は好(よ)い天気だ
椽(えん)の下では蜘蛛(くも)の巣が
心細そうに揺れている
山では枯木も息を吐(つ)く
ああ今日は好い天気だ
路傍(みちばた)の草影が
あどけない愁(かなし)みをする
これが私の故里(ふるさと)だ
さやかに風も吹いている
心置(こころおき)なく泣かれよと
年増婦(としま)の低い声もする
ああ おまえはなにをして来たのだと……
吹き来る風が私に云(い)う
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中原中也の詩は批評を受け付けない、そう思います。
基本的に叙情詩には批評の入る余地はあまりありません、そこにはいいか悪いかだけがあります。
この中也の詩は、帰郷した者の心象を、故郷の風景に照らし合わせながら見事に描き切っています、だから一枚の絵のような完全な形式美も持ち合わせています。
中原中の短めの詩はたいていこのような完成度の高い叙情詩になっているので
批評をする余地がありません。あえていえば、これらの詩を作り出した中原中也という人の心はこうであったろう、ああであったろう、というようなことなら言えます。
この詩の人物は若者のようにもみえ、年配者のようにも見え、普通の中年にようにも見えます。つまり帰郷する人々の心象を普遍化しているのですね。だからこそ、中原の詩は島崎藤村の詩よりも共感を呼ぶことが多いのだと思います。