【ブログ版】世界の名作文学を5分で語る|名作の紹介と批評と創作

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名詩の紹介:『一点鐘』三好達治 昔高校の教科書に必ず載っていた昔を懐かしむ詩

『一点鐘』

 

靜かだつた
靜かな夜だつた
時折りにはかに風が吹いた
その風は そのまま遠くへ吹きすぎた
一二瞬の後 いつそう靜かになつた
さうして夜が更けた
そんな小さな旋じ風も その後谿間を走らない……

 

一時が鳴つた
二時が鳴つた
一世紀の半ばを生きた 顏の黃ばんだ老人の あの古い柱時計
柱時計の夜半の歌

山の根の冬の旅籠の
噫あの一點鐘
二點鐘

 

その歌聲が
私の耳に蘇生る
そのもの憂げな歌聲が
私を呼ぶ
私を招く

 

庭の日影に莚を敷いて

妻は子供と遊んでいる
風車のまはる風車小屋
――玩具の粉屋の窓口から
砂の麺麭粉がこぼれ出る
麺麭粉の砂の一匙を
粉屋の屋根に落し込む

くるくるまはれ風車……
くるくるまはれ風車……

 

卓上の百合の花心は
しつとり汗にぬれてゐる
私はそれをのぞきこむ
さうして私は 私の耳のそら耳に
過ぎ去つた遠い季節の
靜かな夜を聽いてゐる
聽いてゐる
噫あの一點鐘
二點鐘

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動画でもお話しています

 

三好達治は近代日本最大の本格的叙情詩人だ。

中原中也のような癖もない。

藤村のような古文調の575でもない。

立原道造のような女々しさもない。

普通の感性が、深く鋭く普遍性を持つに至った、そんな詩だ。

三好達治といえば「雪」が有名だが

あの2行は俳句のようであり近代詩の雰囲気はあまりない。

私のなかでは三好達治の数々の散文詩も好きだがこの一点鐘がベストですね

 

この詩は若いころに山小屋で聞いた真夜中の1時や2時になっていた柱時計の音を回想します。そのみずからの青春のすべてを山小屋の真夜中の柱時計の音が象徴しているのです。

しかし今やその季節は過ぎて、自分は昼の世界で妻と子と生きていて、子供たちは砂遊びをしている、でもふとした時にいまでも自分はあの一点鐘の音が聞こえるような気がする、自分はあの世界を妻と子に囲まれながらも忘れることはないし、離れてしまうことなどできないのだ、そんなふうな展開を見せるのですが、これはほぼすべての人に打てば響くテーマとして共感を呼ぶでしょう。実に巧みにそのあたりにころの機微が表現されいていると思います。

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