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自作の小説「ひと吹きの風が語るもの」第3話

第三話

 

 そして五年たち、あそこにああしている。

 

 米沢には衝撃的な再会だった。洋子に最後に会ったのは、東京駅の近くのインド料理の店だった。

 

 洋子は都会育ちで洗練されていた。ある日、一緒に生命保険業界主催の試験を受けに行った。その帰りに高層ビルで食事をして、洋子の部屋まで送っていった。かかさず見ていたテレビ番組があるけど家に帰ってたのでは間に合わないと言って洋子の部屋に上がりこんだ。そして、あとは成り行きのせいにして朝まで洋子の部屋にいた。目覚めると二人は出来上がっていた。

 

 それから半年あまりつきあって振られた。洋子は転勤族と結婚するのは嫌だと言う。父が転勤族で自分は姉が高校になるまで学校をいくつも変わった。転校するのは嫌だったから、子供達に同じ思いをさせたくないと言う。子供ができるとは限らないというようなことを言うと、険しい顔つきでわたしは子供が欲しいし、転勤はわたし自身が嫌なのだと大声で言った。

 

洋子のある部分は、米沢にとって決して受け入れることの出来ないものがあった。それは誰が誰に対しても持ちうる、人間としての当然な感情だが、当時の米沢は自分が洋子に持ってしまった特殊な感情だと判断してしまい、そのことを目ざとく悟った洋子は、米沢から離れていった。

 

その後、甲斐と社内結婚をした洋子を見て結局は転勤族と結婚した、何事もタイミングと相手次第ということか、と妙に納得したのだった。

 

 陽一は皆が花房と呼ぶその女性について、国際金融部の看板娘という評判くらいは知っていたが会ったことはなかった。それにもかかわらず、洋子の顔に懐かしさを感じて、これは誰の面影だろうと不思議に思った。

 

 陽一は少年に目をやった。少年は陽一に気がついたようだった。ちょっとだけ頭を下げて遠めに挨拶した。

 

 

 

 

 香山が言った。

 

「花房に挨拶して来る。おまえらも来い。同じ会社の職員として、死んだ甲斐に今でも敬意を表していると伝えよう。忘れることはない、覚えていると告げるだけで少しでも支えになると思うぞ」

 

 夫の不幸な事故死を思い出させるかもしれないもとの会社の人間が現れたりしない方がいいのではないかと、向井や多田は考えたが、香山は甲斐の家族は生き続けるのだから、前向きな接触なら、最終的にはプラスになると確信していた。

 

 香山はゆっくりと歩いた。後の者は五、六歩遅れて続いた。十メートルくらいを優雅に進み、あと四、五歩で洋子たちのテーブルという所で軽く会釈し「おはようございます」と丁寧に挨拶した。

 

 他の者たちも遅れて挨拶した。少年は陽一を見るとこくっと頭を下げて笑っていた。二人は他の者に先んじて知り合ってるということが何となく楽しかった。

 

 洋子は薄く化粧をしていた。薄いピンクの口紅を引いて、黄色のシャツを着てジーンズをはいていた。髪は首筋に少しかかるくらいで短めだった。そして、左手の薬指にはエンゲージリングが、エンゲージ本来の意味合いを強く込めて、囚われの証として光っていた。

 

 ロングヘアーだったら久美に似ているんだと、陽一は思い当たった。

 

 「お元気そうで何よりです。皆さん」

 

 洋子は微笑みながら言った。それがなごやかな雰囲気を作った。

 

 香山は堂々と微笑み返した。向井と多田は引きずられるように笑顔を作った。香山は甲斐の両親、裕也、美加、の順に挨拶していった。陽一は裕也と親しく挨拶を交わした。

 

「おまえ、知り合いなのか?」と香山に聞かれ、早朝の散歩のことを話した。

 

 洋子が、この子は昔から一人で静かな所に行くのが好きなのだと打ち明ける。そして陽一をじっと見つめて何かに気づいたかのようににっこりと微笑んだ。米沢が陽一を羨ましげに眺める。

 

「いつまでいるんだい?」陽一は裕也に聞いた。

 

「ホテルには朝御飯を食べに来ただけだよ。ここはおもちゃくれるから、おじいちゃんちに帰ったらよく来るんだ」

 

 洋子は微笑みながら頷いた。

 

「それじゃあ元気で。また会おう」

 

香山の締めの言葉でその場は終わった。洋子は何か神々しいまでの諦念の笑顔を見せて、人ではないような、人を超える存在のような雰囲気を漂わせていた。最後に米沢が振り返り、洋子はその時でさえ同じ笑顔を崩さなかった。米沢にはそれがショックだった。

 

 

 

 

 

 

 ゴルフはいつものように進行した。香山がティーショットを打つたびに、皆で「グッドショット」と歓声を上げた。昔から、ここで声が小さかったりすると、あとで支社長室に呼ばれて礼儀がなってないと、二十分くらい説教されるので、皆芝居がかったような大声を出した。多田と北小路は自然にそういう掛け声を出せる人間で、とりわけ声が響いた。もっとも香山のショットは低い弾道で三百ヤード近く飛ぶので、実際息を飲むような見事さに声は自然に出てもいた。

 

 技術的には香山に次ぐのは向井だったが、向井のスコアは終わってみればいつも凡庸だった。バーディーを取ると、次のホールのティーショットを真横に打ってしまうような、微笑ましい精神状態が仇になるのだった。香山はいつもそれを直せと注意していた。北小路はショットごとの快感を追求するので、うまくいくと香山より飛ぶが、フェアウェイを捉えることが少ない。それでもその思いきりのよさを香山は気に入っていた。米沢はショットにはこだわらず、スコアのことだけを考えていた。ドライバーやスプーンは八分の力で打った。そして、セカンドショットのアイアンやアプローチショットに全力を出し、三十ヤードやグリーン脇からの寄せはプロまがいだった。多田は無難にショットを打ち、パットだけはきっちりと決めていた。この二人のゴルフは安心できると香山は言う。陽一はまだ未完成で自分のスタイルがなかった。日によって、ドライバーで飛ばすのが気持ちのいい時もあったし、ピッチングの切れが快感の時もあったし、パターがぞくぞくする時もあった。潜在能力はナンバーワンと言われたが、いつになったら表に出てくるのかとゴルフの度に香山に指摘される。

 

 皆、会社の一員である以上に香山の部下だという意識があった。会社を船だとすると最後まで残って支え、船と共に命を捨てる覚悟はなかった。だが香山の号令で行われる仕事に対しては最後の最後までがんばり抜くつもりだし、そうして来た。香山といると自分が自分以上の存在に感じた。

 ゴルフが終わり、その後の小宴も終わり、解散した。皆、香山の示した未来の道筋に武者震いした。N生命に行くのだと誰もが確信した。

 

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