夕べの泉
(Hermann Hesse gewidmet)
君から飲む、
ほのぐらい山の泉よ、
こんこんと湧きこぼれて
滑らかな苔むす岩を洗うものよ。
存分な仕事の一日のあとで、
わたしは身をまげて荒い渇望の唇を君につける、
天心の深さを沈めた君の夕暮の水に、
その透徹した、甘美な、れいろうの水に。
君のさわやかな満溢と流動との上には
嵐のあとの青ざめた金色の平和がある。
神の休戦の夕べの旗が一すじ、
とおく薔薇いろの峯から峯へ流れている。
千百の予感が、日の終りには
ことに君の胸を高まらせる。
その湧きあまる思想の歌をひびかせながら、
君は青みわたる夜の幽暗におのれを与える。
君から飲む、
あすの曙光をはらむ甘やかな夕べの泉よ。
その懐妊と分娩との豊かな生の脈動を
暗く涼しい苔にひざまずいて干すようにわたしは飲む。
(ヘルマン・ヘッセに)
尾崎喜八は昭和の素晴らしい叙情詩人だ。だがそれほどメジャーではない。信州の美しい自然を歌う詩人というイメージが強すぎるのと(その通りかもしれない)日本語がやや特殊にしつこい癖を感じるからかもしれない。
だが、ヘッセやカロッサのようなドイツ叙情詩人のような詩を日本語で書いた数少ない詩人だ。
この詩は、江守徹が「夜の停車駅」というFMのラジオ番組で朗読したことがあり、そのときの朗読があまりに見事だったのでよく覚えていました。
この詩はヘッセの詩や小説への賛美なのですが、それは信州の自然描写をもとに書かれているのでとても美しい詩作品になっています。
夕日が世界を赤く染めるときに一節を口ずさみたくなる詩です。
