第4話
陽一は気分よく車を出して、Y高原を後にした。ゴルフはうまくいったし、メンバーの連中の雰囲気はよかったし、言うことはなかった。山道をくねくね昇ると高速のインターがあり、そこから入ってすぐの峠のドライブインで車をとめた。ちょっと喉が渇いたので、缶ジュースを買おうと思ったのだ。
自動販売機のところで声をかけられた。裕也だった。そして裕也と一緒に洋子と美加がいた。
「おじちゃん、また会ったね」
洋子もしとやかに頭を下げた。きれいだと思った。不運があって暗い目をしているが、まだ人生が普通に流れていた頃は、瞳も輝き、今以上に美しかったのだろうと思った。そして、さっきも気づいた久美の面影を今度ははっきりと確かめた。高校を卒業して以来久美には会っていないから、成長した久美の姿を見ていることになる。
その時涼しい風が吹いた。
「今朝、この子がお世話になったそうで、ありがとうございました・・・昔・・・」そう言って洋子は軽く探るように陽一の瞳を覗いた。
「お会いしたことがありますよね。わたしまだ中学生でしたけど」
間違いなかった。
「やっぱり!思い出しました。誰かに似てるって今朝から思ってたんです。久美さんの妹さんですね。昔、家にお邪魔したとき、久美さんの妹さんと挨拶した記憶ははっきりあります。だからあなたと間違いなくお会いしています」
洋子は懐かしそうに瞳を輝かせて、その答えを待っていたという風にすぐに言葉を返してきた。
「わたし、お姉さんと三島さんにはずい分と影響を受けたんですよ。お姉さんが三島さんから借りてくるロックのレコードは自然に耳に入って来て、わたしは一世代前のミュージシャンに夢中になりました。それと、三島さんがうちに来てお父さんの蔵書から借りていく本を、戻ってきたら全部読んでたんです。中学生だったから、少し背伸びしてみたかったんだと思いますけど、楽しかったですよ。そういうんじゃなければ読んでなかった本もたくさんあります」
「そうですか、それって驚きで、嬉しいけど、何だかちょっと照れますね」
あの頃、久美を口説くためにロック好きな久美に、兄のレコードコレクションの話をしたら、思惑通り貸してほしいということになり、自宅に招いた。当時校内でのレコードの貸し借りは禁止しされていた。持参したレコードの盗難事件があって一騒動起こったからだが、それが陽一には幸いしたのだった。
そのかわりに、久美の父の持つ膨大な蔵書の中から本を借りたいと言ったら二つ返事でOKで、互いの家を行き来したものだった。四つ下の妹にも何度もあった。この子が久美と同い年になったら久美より魅力的かもしれないと思いながら、いつも視界の端に意識していた。
久美は卒業後アメリカの大学に行った。あの時、アメリカに行かなければ、ずっと続いた仲かもしれないが、アメリカに行ったから自然消滅した。
「姉は結局ずっとアメリカで暮らしています。三島さんは今はどちらにいらっしゃるんですか?」
「F支社です。それにしても久美さんの妹さんが同じ会社にいたって全然知りませんでした。灯台下暗しですね」
「F市はお魚がおいしいんでしょう。羨ましいですね。姉も魚料理が好きだったから、その点だけはアメリカに不満があるみたいです」
「甲斐さんとはS県にいた時、同じ地区本部の集まりがあるたび、他の若手所長たちと一緒によく飲みにいきました。当時仕事がうまくいかずくさってたぼくをよく励ましてくれました」
悲しみを元にできている笑顔が応えた。しかし、その悲しみが結晶し、神々しささえ感じた。
まだ挨拶にも気軽に名前を出せないのだと知って、話題を変えようとしたが、洋子の方から先にきりかえして来た。
「わたしたちはF市の隣のK市に住んでるんですよ。またお会いできるといいですね」
ということは甲斐が死んだ後もそのまま住み続けているわけかと思いながら「それじゃあまた。さようなら」と礼をした。
洋子はにっこり笑って軽くお辞儀をした。
「さよなら、おじちゃん」
「ばいばい」
陽一は車に乗った。ルームミラーで洋子たちを見ることが出来た。微笑ましい一家。父親が事故で死ぬようなことがなかったら、非の打ち所がない家族だったろう、そんなことを考えながら、陽一はキーを回した。もう少し話をしたかったと思いながら、家に向かってアクセルを噴かした。