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【創作のためのデッサン】『旅人の物語』第3章<馬車で薔薇の家に着く>

旅人の物語 第3章 「馬車で薔薇の家に着く」




 馬車の移動は夜行われた。

 体を休め、眠っている間にウィーンからアルプスへの旅も終わろうとしていた。

 馬車の窓から上空が紫色に染め上げられるのを眺めた。もう何度も太陽のもとで歩き、夜になると憩いの時をもった山々が連なる。荘厳な眺めは新たな一日を告げているがまだ鳥が鳴く前の時刻だ。いつまでも残る明の明星にこれからの人生の幸運を祈った。

 そして薔薇の家に到着したときに、ちょうど太陽がアルプスからその縁を出した。神々のスポットライトを浴びて薔薇の家の庭に降りた。薔薇の家の男爵がみずから迎えてくれた。小鳥がさえずり広大な庭も新たな日をはじめたところだ。

「ようこそ、ハインリヒ。あなたはついに家族の一員としてここに戻ってきましたね」

「ありがとうございます。最初は雨宿りにやってきて、今は晴れ渡った夜明けにまた参りました」

そして二人はナターリエの近況を話しながら屋敷の中へ入った。

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旅人の物語 第3章 「馬車」① 第二稿 海部奈尾人

旅人の物語 第3章 「馬車」① 第二稿

馬車の移動は夜行われた。

体を休め、眠っている間でさえ、船と同様動き続けることができるからだ。太陽のもとで歩き、夜になると憩いの時をもち、あまりのも遠さのため目的地を考えることなく、いつも翌日の天気を気にするだけの徒歩の旅と違い、馬車の旅は目的地を射程距離にもつ。もう土地を自分の足で歩き、頬を流れるそよ風とも無縁の旅となった。

夜の窓からは星々が見えた。天の川の荘厳な背骨に感嘆し、北斗七星とカシオペアを意識して北極星を確かめ続ける。だが馬車には馭者がいる。馭者への信頼せ確かなら北極星を無視して、さそり座とそのアンタレスを眺め、冬には白鳥座に物寂しさを感じたりもできる。

夜明け前の1時間、夜から朝への転換の時間を何度馬車で過ごしたことだろう。あの頃は多くの人がその時間に目を覚ましたものだった。

遠くの山の上空が紫色に染め上げられるのを人々は、起き抜けの眼で毎日眺めていたものだ。

そして私は馬車の窓から、いつまでも残る明の明星に新たな一日に幸運を祈ったものだ。また新たな太陽の一日が始まる。

だが雨の日でも、地平線まで続く雨雲が荒野を半ば湖のように変えてもやはり新たな一日は始まるのだった。

ギリシャ神話の彼方に  第一章 第一話 辻冬馬

ギリシャ神話の彼方に  第一章 第一話

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夏の太陽を見ると古代ギリシャを思いだすのは、ギリシャ人の生まれ変わりだからではないのか?

遠藤光司がそう思ったのは小学校6年生の夏休みだった。あの頃は、ギリシャ神話の印象が強く夢に出てきたものだ。そして屋根の上の太陽や森の中に差し込む光線や、海面に揺らぐ光の道のどれを見てもギリシャ神話の舞台の一つに感じられたのである。夏休みの読書感想文でギリシャ神話のことを書いているうちに生まれ変わりの発想がふいに現れた。

やがて成長して、ギリシャ悲劇を読み、ホメロスを読みプラトンまで読むに至って、自分はあの世界にいたのだと確信を強めていった。

歳月が過ぎ、30歳の誕生日に紹介された若い女性のヒーラーの家で、精神の中をかき回された。

そして自分もヒーラーも同じ映像を見た。エーゲ海に沈む夕日、葡萄酒色の海からの風に心地よく目とつぶっている。

ヒーラーは言った。

「間違いない。あなたは古代ギリシャ人の生まれ変わりです。それもどうやらホメロスその人の生まれ変わりです」

馬車 海部奈尾人

馬車


まずは歩いた。するとそよ風たちが頬を流れるのだった。

最初の旅は急ぐ旅でもなかった。鳥が空たかく丸を描いて飛んでいた。時々立ち止まって大きく空気を吸い込んだ。


それから馬車の時代が来た。馬にまたがり駆けるものもいた。私は、馬車に揺られて次の駅なるものを向かう。だがこの旅も急ぐものではなかった。ただ遠くに行く旅に変容していたのだった。

窓からは頂きに雪をかぶった山々が地平線近くに連なっているのが見えた。あの山の向こうにも世界が続くが今はすぐそばの草の影に、アリたちの行列を眺めてんとう虫の羽を眺める。

私の旅はいつはじまったのだろうか。

どこかで、誰かに、何者かに、出会うはずだと言われたこともある。歩いてたどり着かなければ馬車でとばかり馬を取り換えながら進んだが、いったいどれほどの違いがあったろうか。

いつしか馬車道ができあがり荒野には人と馬があふれてくる。雲の薄い膜を通して太陽がさす。荒野は薄暗い世界に代わり、やがて雨が来た。

地平線まで続く雨雲たち。

そんなときでも私は馬車に乗ってずっと次の駅へ進んでいるのだった。

若きシヴァとオシリスに吹く風  海部奈尾人

レムリア文明最後の女性大統領シヴァと、それに仕える脳力者オシリスは若い時ともに同じ学園で過ごした。

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 蝶が飛ぶ。

 蝶は風そのものとされていた。見えない風の動きを忠実に再現して飛んでいる。人は蝶を見ることで風を見るのだ。

 オシリスはその蝶の影を目で追っていた。やがて目を閉じて心で追った。そして、脳のある部分を発火させるとさらに蝶を追った。すると、蝶がこれからどのように羽をはためかせどのように風に溶け込んで、この菜の花畑の上を揺らめいていいくのか、すべて見切ることができた。

オシリスオシリス・・・」

遠くで自分を呼ぶ声がする。だが今オシリスは蝶に憑依していた。自分のからだを揺らすシヴァを蝶の目でみながら、オシリスはシヴァの肩に止まった。

美しいうなじ。聡明な瞳。そして軽やかで深い心。

シヴァは人間という在り方のひとつの完成形であると思った。

蝶から自分に意識が帰ってきて目を開けるとシヴァの息遣いが聞こえるほど二人はくっついていた。

「また意識を飛ばしてたのね。蝶の中にいたんでしょう。肩の上にあなたを感じていたわ」

脳力者でもないのにシヴァのこの感覚はいつも驚かされる。あるいはシヴァも別のタイプの脳力者なのか。

「ねえ、昨日の私の夢の話聞いてよ。とてもリアルだったの。この広大な大陸がみな海底に沈んじゃうのよ。それも一日で」

「もしそれが正夢になったら、ぼくは命をかけて君を守るよ」

昼休みの終わりのチャイムが鳴った。シヴァは話足りず不満げに唇をきっととがらせて

「約束よ」

と言った。


ある移住 第6章から19章を省略 【第20章 最後の審判】海部奈尾人

シヴァ大統領はオシリスたちの思念の凝縮した泡の中にいる。

その泡の表面はエネルギーが発光し、光り輝く玉になった。

そしてオシリスたちは今や物体としての在り方をやめ、エネルギー存在として、シヴァ大統領の周りを守るように浮かんでいた。


人々は空に浮かぶシヴァの光を見ていった。

われらがシヴァの提言に耳を傾け準備をすれば誰一人死なずにすんでいた。この破壊と滅亡を、今やシヴァも眺めるしかない。


インドではシヴァは破壊神であるが、それはこの大洪水の日のシヴァ大統領の記憶からきているのである。


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地上では、大洪水が都市を覆った。そしてインド半島からアラビア半島まで広がる広大な豊饒な大地を海底に沈めた。

それはたった一日の出来事だったので、ほとんどの人は死んだ。そしてその文明の山岳地帯の人間が、新たに河口地帯となったかつての高地で文明を育むことになった。

大陸棚文明時代の高地で洪水後に河口地帯となったのは、チグリスユーフラテスの河口、インダス川の河口だった。すなわちシュメール文明とインダス文明の開始である。

ある移住7/27  第2章【間に合わない!!】海部奈尾人

脳力者の長オシリスの警告を受けた大統領シヴァは大避難計画を練るが決断できない議会のせいで実行が遅れる



シヴァ大統領はオシリスに命じてできるだけ多くの都市に、大洪水のまじかなことを伝えようとした。脳力者のいる都市はあちこちに点在していた。思念の力で情報は飛び、受信する脳力者のネットワークを伝わっていた。

あるところに美しい湖がありその海岸線にそって繁栄する都市があった。それは現在は黒海と呼ばれる平地だった。

当時、そこは地中海と呼ばれる海から天然の防波堤で守られていた。大洪水が起きたとき、この壁は圧倒的な水圧に耐え切れず崩落し、地中海の水が黒海平野に流れ込んで、そこにあった都市は海底に沈んだ。その崩落あとが現在のダーダネルス・ボスポラス海峡である。


さてこの黒海平野に住む一人の脳力者がオシリスの思念を受信した。


「やがて洪水が来て今の都市はすべて水没する。しかし都市まるごとの避難はすべての都市で拒否された。この声が聞こえたら巨大な船を作りなさい。その船にあなたがたの都市の資産を載せて、その日に備えるのです」


ノアと呼ばれるその男は、都市の人々に伝えた。ある人々たちは今のトルコ半島という山岳地帯に移住した。しかし、ほとんどの人たちはそんなことは起こらないと言った。

ノアはその日が来たら少しでも大勢を救おうと、巨大な箱舟を作って備えた。

地球規模の洪水が起こったら、あの防波堤が決壊して海がじかに黒海平野を覆うことをノアは知っていたのだ。

オシリスの思念に返事をするほど、ノアの脳力は強くなかった。