【ブログ版】世界の名作文学を5分で語る|名作の紹介と批評と創作

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小説『ふたり』下書きデッサン

 

「ふたり」

 

神木はカーナビと前方の道路を素早く見比べながら、

狭い路地を運転していた。

 

古い街並みに情緒を感じながらも

、助手席の千草のおしゃべりに少し

うんざりしかけていた。

 

普段は千草と過ごす時間は穏やかで

、2人の会話もそんな時間にふさわし

く、

緩やかに満たされて流れるものだった。

 

この半年はそんな逢瀬を重ねて来た。

 

千草の夫の一周忌が過ぎたのを機に

、思い切って旅行に誘ってみた。

 

半ば予期していたこととはいえ、二つ

返事でOKをもらった時は嬉しかった。

 

そして、神木のイメージでは千草にぴ

ったりの城下町に車で一泊旅行の約束をした。

 

その日が来るまでは夢見心地で日々が

過ぎたが男はいくつになっても女に対しては

少年のままだと実感した。

 

 

 

 

 
 

 

 

そして、千草。ここ一年の出来事を振り

返ってみたりしたが、ぽっかりとあいた空白

に退屈だけが残っていた。

 

その退屈な空白を、神木が埋めてくれる

ような気がして、暇潰しとして誘いにのって

見たのだ。

 

不良でもなく、かといって特別な紳士

でもなく、しかし、いつも絶妙なタイ

ミングで

声をかけてくるこういう奴は、これか

ら私の大事な存在になるのかもしれない。

 

大きな城のお堀に掛けられた橋には

豊かな水が流れていた。

 

こういう所を訪れる人たちというの

は、どうしてこうもチグハグな感じ

カップが多いのだろう。

 

親子ほど年の離れたカップルが楽

しそうな雰囲気で歩いてくる。

 

 

 

 

 

 

 

その二人が通り過ぎるのを待って橋を渡り

、城の外堀沿いの信号機で停車しか

けた時だった。

 

前を行く車のナンバーに目が止まった。

 

…前妻の誕生日と同じ番号…。

 

神木は一瞬何気なく助手席の千草に眼

をやった。

 

外掘を縁取る桜の木に見とれている彼女

を横眼に見ながらこの場に不要な想

い出を封じようと軽い咳払いをした。

 

信号が変わりアクセルを踏んだ途端、

今度はポケットの携帯電話が振動し始めた。

 

…きっと娘だ。

 

不意に神木は自分の携帯を以前勝

手に(勝ってに)見て、千草を知った娘が言

った言葉を思い出した。

 

「あの女と似ている…」

 

自分を捨てた母親への憎しみと父

親に対する嫉妬のような蔑みがこもっていた。

 

「あの橋ね。入り口」

 

ナビの音声より先に千草の喜びに弾んだ声が響いた。

 

神木は咄嗟に我に返り、唾を飲み込むようにして、

 

「うん」と一言返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホテルについた。

 

神木と支配人は古い知り合いらしい。

 

受付が終わるのを、千草が神木の後

ろでじっと待っていると、手続き

を終えた支配人が神木に耳打ちをした。

 

「きょうは、お忍びですか。」

 

神木は、「いやあ」と、満更でもな

さそうな顔をして、さあ、というよ

うにこちらに目をやった。

 

日が暮れた。美しい街並みにとば

りが下りて、もの寂しさにつつまれていく。

 

神木は一人グラスにワインを注ぐ。

 

千草は部屋に着くと、さっさと

ベッドに入り、眠ってしまった。

 

神木は昼間、千草の会話にうんざ

りしたことを思い返していた。

 

普段はそんな感情はうまれなかっ

た。今日は違う。ひどい倦怠を感じた。

 

確かに自分自信の家庭の問題もある。そこに気をとられてイライラし

ていたのかもしれない。

 

だが、千草が会話の途切れる気まず

さを避けるために懸命に話かける姿

に煩わしさを感じたことも確かだ。

 

 

 

翌朝、ホテルを出て狭い路地を抜けだし

、ようやく城跡公園について、

二人はぶらついた。

 

「あら」と千草が楽しそうな声を

出して、神木がその指さした先を見る

と犬と猫の一団がいた。

 

「里親の会ね、どの町にもある、

尊敬するわ、やってる人たち」

 

たくさんの犬と猫が集団生活の抑圧

から解放されたかのように小気味よく動いていた。

 

「かわいい、見ていきましょう」

 

 

 

 

千草は無邪気に笑いながら先頭にいた

犬にほおずりする。

 

千草と自分より先にハグするその犬を

羨まし気に眺めながら、神木は10歳の

夏を思い出した。

 

家を出るとき、近所の子供たちの

ヒーローだったダルマシアンのミーシャは

置き去りにするしかなった。

 

きっと誰かが助けてくれると父は言ったが、

夜逃げに追い込まれたのは誰も

父を助けてくれなかったからじゃないか

と思ったので信じられなかった。

 

1歳だったミーシャはダルマシアン。

右目の上にひときわ大きな黒の斑点、

左目の外側にもひときわ大きな斑点が

あった。そして事故でしっぽが半分切れていた。

 

神木は千草とハグの終わった犬の目

元を見た。そしてちらりとしっぽを見た。

 

二つの生き物はじっと見つめあった。

 

「どうしたの?」

 

神木の目に涙が溢れているのを見て千草が驚いて言った。

 

 

 

二人は帰途についた。ややこしい街並

みをぬけるとすぐに高速のインターに乗れた。

 

 あとは150キロ先の自分たちの町ま

で軽快に走るだけだった。

 

 千草は眠っている。当たり前だがすや

すや寝息を立てていると静かだ。こ

んなにしゃべる女だとは意外だったが

、ミーシャそっくりの犬が長いしっぽを

ピンと立てて神木と見つめあってる時

は、ずっと黙っていてくれた。それだけで

いと神木は思ったのだ。

 

 千草は寝たふりをして、神木のことを考えていた。

 

 ちょっと軽めのおしゃべり好きな男だ

と思っていたがダルマシアンを見な

がら涙を流したことには感動した。過去

も素直に話てくれたから好感度はグンと上がった。

 

 それに昨夜は、ホテルのフロントで

支配人と怪しげなアイコンタクトをとっ

ていることに気づいて、わたしは嫌な

気分になって女の日だと嘘をついてベッドを拒んだ。

 

 でも特にがっかりするでもなく、

怒った風もなくこれなら次回は嘘をつか

ないでもいいかなって思った。

 

 二人の心が微かに触れ合おうとしていた。

 

 千草は目を開けて神木の横顔を見た。

 

 ちょうど太陽が視界の正面に来た。

 

「まぶしいっ!」

 

二人は同時に言った。

 

 

 

 

(了)