―×―×―×―×―×―×―
《1963》
第一幕
「オッチャン、死んだもんて死んだもんてどこ行くねん?」
『リョウちゃん急に何言い出すねん。お前泣いとるがな。どないかしたんか?』
「飼うてた犬のロンな、死んでもうてん」
『ほうかア、可哀想になア』
「なあオッチャン」
『ん?』
「ロンは死んでどこ行くん?」
『犬かあ。人やったら三途の川渡ってからあの世行きちゅうのは聞いたコトあるけどなア』
「ほなロンかてそのナントカ川渡るんか」
『犬。犬はどないかなア。三途の川の渡し船に犬乗ってる言(ゆ)う話、聞いたコトないなア。それに三途の川、犬が泳いでる言うのも聞いたコトあらへんしなア』
「犬だけの三途の川ちゅうの、あるんか?」
『わからへんなア。長栄寺の坊主にでも聞かなオッチャンにはわからへんわ。でも人は人用、犬は犬用の三途の川かもしれんなア』
「そしたらボク、あの世でロンと会われへんのか?」
『リョウちゃん、泣いたらアカンがな泣いたら』
「でもロンが、ロンが」
『そや! あの世かて白浜の温泉旅館みたいに、入り口に男湯女湯て書いてても、入ったら混浴や言うコトあるよって、きっとロンに会えるて!』
「ホンマかオッチャン」
第二幕
『うん。ロンに会えるで。きっと会えるで。あ――、ちゅうコトはわし、駄馬のヨシマルにもあの世で会えるちゅうこっちゃな』
「オッチャン、ヨシマルてなんや?」
『北支で死んだ働き馬や。
大阪の町の子ォやったオッチャンになんでか知らんけどよう懐きよった馬でな。
輜重隊(しちょうたい)の馬やのに行軍やゆうたら歩兵のただの一等兵やったオッチャンとこへすぐ来よってん。
輜重の兵隊も相当難儀してな、
しまいには諦めてウチの小隊長とこへヨシマルの世話をオッチャンにお願いしますちゅうて挨拶に来たぐらいや。
わしの戦友も不思議がってたでえ。
お前とヨシマル、前世は夫婦(めおと)やたんかちゃうか、なんちゅうてもウマが合うちゅうてな。
あはは。ヨシマルはわしの戦友らと一緒にあの世でわし来んの待っとるかもしれへんなア』
第三幕
「ロン、ロン、あんなあんなロンな」
『リョウちゃん、鼻水ハナミズ。泣くか喋るかどっちかにしいや』
「ロンな、起きられへんようなってん。口開けてしんどそうにハアハア言うとってん。それでな、大きい声でキャンて鳴いてん。しばらくしたらな舌(ベロ)出して怖い顔なって動かへんようなってん。そしたらな、そしたらな」
『そしたらどないしたんや?』
「ロンのお腹(おなか)やぶけてな、ウジがぎょうさん湧いてきよってん」
『ホンマになア』
「ロン、ロン」
『ホンマに可哀想になア』
「なあオッチャン」
『なんや?』
第四幕
「ロン、ウジに食われて渡るんか?」
『え?』
「ウジに食われながら三途の川渡るんか?」
『なんやて?』
「ウジに食われてキャンキャン鳴いて、痛い痛いちゅうて川渡るんか?」
『なんやと!』
「イタッ。オッチャンなんでどつくねん、痛い痛いがな」
『そんなコトあるかい! なンぬかしてけつかるクソガキが!』
「痛たた。痛いがな、やめてやオッチャン」
第五幕
『ちゅうコトはなにかい?
わしの戦友らはみんな千切れた手ェや足持って、内臓(はらわた)引きずって痛いいたい言うてわしが来るの待っとんかい!
ヨシマルはわしを庇(かぼ)うて降ってきた迫撃砲弾の直撃喰(くろ)うて胴体半分コになって死んだんや!
上半身だけえらい痙攣しとった。
血ィ吐いてヒイヒイ言うて死によった。
苦しい苦しいて上半身下半身泣き別れのままヨシマル、わし来んのずっと待っとんかい!
第六幕
空襲で死んだちゅう妹は、お兄ちゃん熱いアツイ言うて黒焦げで待っとんのかい』
「オッチャン大人やろ? なんで泣くねんなんで泣くねん」
『わしが殺した何十人ものチャンコロの百姓どももあの世でわしが来るん待っとんのか。血だらけで、痛かってんぞ言うて』