【ブログ版】世界の名作文学を5分で語る|名作の紹介と批評と創作

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ホメロスのオデュッセイアを超名作と思う理由  古荘英雄

ホメロスの表現の特徴が、昔はなじめず読むのを妨げていた。

それは誰かが話だすときに

人であっても神々であっても

必ず形容の表現が入ることだ。

必ず入るのである。


思慮深いオデユッセウスが言うには

利発なテーレマコスが言うには

運命を動かすゼウス神が言うには

輝くまなこのアテネー女神が言うには


という感じで必ず入るのである。

ところが

この世界にうまく入れると

この前置きの説明表現が実に奥深く感じる。




ワーグナーのライトモチーフと同じなのだ。

つまり

その人物が登場するときには必ずその人物用の曲が流れるというあれだ

このライトモチーフはトルストイも多様し

トーマス・マンも多様する。

小説を音楽的にする手段としてなくてならないものだという。


マリアの口びるの上の産毛が・・・・

という風にマリアが出てくるときは、折に触れてさりげなく産毛を書くのである。


遠くホメロス叙事詩にまでこの手法はさかのぼるのである。



もうひとつは

アラビアンナイトもそうだが

かつての物語というのは明らかに長い夜の暇つぶしに

今日はおまえ、明日はおれ、見たいにして皆が話をするという習慣が

人類にはあったに違いないということだ。

スマホもインターネットもテレビもラジオも本もない時代

夜、何をしていたかというと

話をするのだ

そしてどうもアラビアンナイトホメロスを読むと

旅人は

迎えてくれた主人に旅先の物語をするようなのだ

それは面白くなくてはならない

どうせ

遠い見知らぬ国で起こったことだ、

おもしろおかしく語り受ければいいのだ


オデユッセウスのなかでも

この人は嘘はつくないだろうと主人が作り話の壮大さをかばうシーンがある


そうやって記憶をたどればイングリッシュペイシェントの中でも

女主人公が砂漠で順番に物語を語るシーンがあった


塩野七生もオデユッセウスについて書いていたが

これは妻の元に帰る前に遊びに遊びんで帰りが遅くなった夫が

言い訳のための作り話として語った漂流談だということだ

そう思って読むとそうとしか思えなくなる


思わず朝帰りになってしまった夫が

妻に向かって

実は

昨日は目の前でひったくりにあった女子大生がいて

困っているのでお金を貸して警察を呼んであげて

それから一緒にバッグなんかが捨てられてないか探してやってるうちに

終電がなくなり

その子と別れてからはファミレスに入ったら強盗がきて

みんなで犯人と戦ってるうちに

眼鏡を無くしてしまってそうこうするうちに朝になったんだ


こんな話とオデユッセウスの話は

実はそっくりなのかもしれない

帰ってみると妻のペーネロペイアはとても大変な状況になっていた

遊んでましたとは

口が裂けても言えずに

窮地に陥って口から出まかせを言った

現に作中でいくつも長い作り話を嘘ついてしているのである

全部そうなんだろうと