「鹿のように」たまには徹底批評してみます
星々と語らう前に
山々と
ダンスを踊ろう
⇒「ダンスを踊ろう」では「星々と語らう」という言葉を支えられない
さめざめと泣く前に
きしきしと丸石どもを踏もう
丸石どもは
雨の下で
昨日の揺籠になりきる
峠の茶屋は
みんなのもの
⇒「みんなのもの」という安直な言い回しが丸石どもで盛り上がった詩の流れを中断させる
そこでごろごろと大きな音を立てて
転がる大きな石たちも
けれど
春日大社の鹿たちのように
明日のことなど何も知らず
ただ生きているばかりの人たちが何と多いことか
⇒新聞記事のような浅く安易な感想になって終わる
鹿のように のタイトルでこの詩を統合するなら
最後に鹿が出たら、その鹿が深化するか躍動しなくてはならない
丸石ども で深まった日常を
実にあっさりと表面をなでることで終わらせている
ところどころに吟味不足の日常言語が登場し
読むことを中断させてしまう
そして書こうとすることを 深堀して苦吟して言葉を刻むことなく
安易にあっさりと とにかく書き終わったぞ、見たいな雰囲気で流れていく