大学を卒業して半年の間に、同じサークルだったK子と何度か会った。
ある時は大学の近くで夜食事をしたし、あるときは大学の近くで昼お茶を飲んだ。
なぜK子と会っていたかよく思い出せない。就職してしばらくの間は大学時代が恋しくて
サークルにいって後輩たちと話すのが楽しくK子もそんな風に思ってみたいでよくキャンパスで出会っていたのだ。
大学時代には二人で会うことはなかったが、卒業したら急に親しくなった。
日曜のたびに電話をしていた時期もあった。結局何事も起こらず二人のこういう仲も終わったのだがK子がぼくに残していったものがある。
村上春樹だ。
あるとき喫茶店で待ち合わせていて、ぼくが店に入ったとき彼女は村上春樹の最新作の小説を読んで暇をつぶしていた。
「何を読んでるの?」
と聞くと
「村上春樹っていう作家、知ってる?」
「知らない」
「割と面白いよ、最新作は初の長編で『羊を巡る冒険』っていうのよ」
へえ、と思ったぼくはほどなく
『1973年のピンボール』にはまって何度も読んだ。
この乾いた哀愁のような世界、でも確かな自分を持ち合わせた強さを感じる主人公が
とても好きになった。1985年の秋のことだ。
そしてその年の冬『羊を巡る冒険『を読んで素晴らしい才能だと思った。
やがてぼくは大阪に転勤になり、大学時代から続いた東京生活を終えた。最後のK子に餞別に財布をもらった。カード入れのポケットがたくさんついていたがなぜだかわずかに大きくてカードを入れられなかった。でもその財布は結婚するまで持っていた。
村上春樹をほとんどの人が知らない時代の思い出だ。