【ブログ版】世界の名作文学を5分で語る|名作の紹介と批評と創作

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女神が歌う舞台の片隅で

【女神が歌う舞台の片隅で】第2稿 12/01/0:46

眠りに入るために灯りを消して、眠りが来るまでの微かな時間、ぼくは夢に先駆けてやって来る「イメージ」を夜ごと目にする。ヒーロー願望や歴史のIFなど無意識の渇望を満たす他愛ないイメージを楽しむのが眠りへと入るドアになって久しいが、その中にずっと昔から時折やってきてはしばらくつきまとうイメージがある。

それは高校1年の秋の文化祭だった。ギターの弾き語りでコンサート出場を目指したぼくはしかし、予選突破のために歌うことをあきらめ、声楽を学んでいるケイコにヴォーカルを頼んだのだった。そして当日、ぼくとケイコは舞台に立ち、ぼくは自分で歌えない分自分のエネルギーのすべてをギターに注いだのだった。最初の曲がはじまり、ぼくがギターを奏でると女神のような声でケイコが歌う。ありふれた古いフォークソングが特別な装いを見せた。それから2曲目の木綿のハンカチーフは一部分だけぼくも歌ったがぼくの声は彼女の声に押し上げられながら昇っていったのだった。それからラストの3曲目はロッドスチュワートのセイリング。もともとぼくはこの歌をやるために文化祭に参加したのだ。あの美しいイントロ部分をぼくがきちんとギターで弾くと、ロッドスチュワートのしゃがれ声の代わりにケイコのソプラノが高校の体育館に響き渡ったのだった。そこでコンサートの空気感は完全に変化した。建物もみんなの心もケイコの歌声に包まれた。ぼくは隣で演奏しながら彼女の顔を覗き込む。この子はほんとに女神なんじゃないだろうか。セイリングのサビへと入っていく。ぼくはゾーンに入って無意識に演奏している自分を気持ちよく眺めている。この瞬間を忘れないと誓いながらセイリングの歌詞をぼそぼそつぶやくように歌う。やがてケイコは両手を大きく広げて最終段の歌詞を発声する。ぼくもそこは一緒に大声で歌う。「We are sailing~~~We are sailing~~~」

夜ごと眠りに来る前にイメージが来る。それは向こうからやって来るのだとしたら、イメージは一生の間、ぼくにケイコを連れて来るのだろう。あれ以来、ケイコがぼくの中から消えたことはない。ぼくは一生の間、高校の体育館に花開いたぼくとケイコの夢の舞台を何度も何度も眺め味わい、繰り返して彼女の声を聴き、上気した彼女の横顔を見つめる。それはぼくの青春そのものだったのだ。