序 嵐の店内放送
首を洗う気分で立ち寄った本社から最寄りの営業店の店内に、この放送が流れたとき、山岸はほっと胸をなでおろした。
3時間まえのことだ。
社長は大手量販店である伊豆沖ランドの二代目でマスコミ受けしか考えない困った二代目であった。
「山岸部長、店を締めるのと開けるのとどっちが目立つかな?」
「開けたらお客様の役には立ちますが来店中にけがをしたらたいへんです。死んだりしたら店さえ閉まっていれば死なずに済んだと訴訟があるかもしれません」
「嵐の中、真夜中でも空いてる伊豆沖ランド!マスコミが讃えて放送しないかな?」
「でも海岸通りにある支店などはほんとに死人がでるかもしれませんよ」
「それは自己責任だろう」
「そうなったとき社長がテレビカメラに向かってそういった瞬間株価が暴落しますよ」
「では閉店の理由を告げるのに法的に完全に言うとどうなる?」
山岸は少し考えてから言った。
「日本国憲法で保障された移動の自由と購入の権利を駆使して来店したもかかわらず、お客様が当店の都合で私は買えなかった、そのため窓ガラスの補強ができずそのため割れたガラスで全治2週間の大けがをした、そのようにお客様が主張されることを回避するために
また
お客様が自由意志により、憲法にのっとって当店に来る選択をした結果、怪我をすることのないようにお客様の安全のために閉店してます。したがって外出における怪我の責任もそれによって生じた室内での怪我への責任も当店は負いません。憲法とも矛盾するものではありません」
社長はご機嫌になった
「どうだろう、そのまま発表したら。受けるだろう」
「・・・・・・」
社長は秘書と広報担当の部長を呼んだ。
そして何やら指示している。
「有意義な話し合いだったね、山岸部長。もう帰っていいよ、台風だ、君もご家族のそばにいたまえ」
今日まで気をつけていたが店内放送で
「日本国憲法にもとづき・・・」
と流れたらおれは首だなと山岸は鬱々と三時間を過ごしたのだった。
社長に指示を受けた広報部長が全店舗にメールを打つべく原稿を読んでいると大型台風を心配してうろうろしていた鬼専務の目に留まった。そして瞬く間に原稿は破り捨てられたのだった。
そして山岸はモーツァルトでも聞く気分で何度も流れる店内放送にうっとりしていた。
「明日は台風19号の影響により、お客様の安全確保を考慮し、臨時休業とさせていただきます」
第一章 第一話|量販店「伊豆沖ランド」の倒産記者会見
研修後、仙台に赴任し、以後青森に赴任し、盛岡、秋田、山形と、東北の主要都市を一年おきに転勤したから同期の間で付けらたあだなは「伊達政宗」だった。
伊豆沖ランドでの20年、おれは20年分の体験をした。つまり凡庸に生きてきた。同期の中には30年分の体験をして出世したやつもいるし50年分の体験をして、もう若死にしたやつもいる。寿命だけは、競争してはだめだ、はやくもなく遅くもなく適当にやり過ごすのが一番だ。
さて入社20年目のこの秋、会社は倒産した。
続く
20年働いた伊豆沖ランドが倒産した。そして二代目社長は全然気にしていなかった。彼は資産20億を持っている。おれなら、7回生まれ変わっても暮らせるお金だ。
同期の総務課の花屋根によるとこうなったら記者会見で世の中に謝るしかないと嬉しそうに話していたそうだがまさかほんとに記者会見をするとは思わなかった。
都内の某有名ホテルの一室に記者が50人も集まった。いとう伊豆沖ランドは有名な会社だからワイドショー向けになるのだが、俺たちの不幸がワイドショーになるのかと思うと店舗内のテレビを破壊したくなる衝動に襲われた。
さておれは10台の売り物のテレビを電気掃除機でぶったたいて破壊してそのまま店を出た。そして記者会見場に入った。伊豆沖ランドのテレビコマーシャルでも有名なユニフォームを着て。
司会者の花屋根が言う。
本日は弊社の云々~~~~~~
そして社長が話し出す。
ゼニアのスーツに赤のネクタイ。温和な二代目の表情で、静かに語りだす。楽しそうだ。
記者「今回はインドに一気に1000店舗出店してぜんぜん流行らなかったのが原因での倒産との話ですが、経営責任について、また見通しの甘さについてはどうお考えですか」
社長「父の代からの専務が独断専行で決めたのですが(嘘をつけ、専務の反対を振り切ってお前が決めただろう)結果については私が責任を負うつもりです(過程もプロセスも途中経過も発端もみなおまえの責任だろう)」
女性記者「潔くて武士みたいですね。社員の方々になんて言いますか?」
社長「いたらない私についてきてくれて(いや、誰もついていってなかったぞ)ありがとう。専務に気を使いすぎて(専務が先月死んでから一気につぶれていったな、会社は)暴走をとめられず申し訳ない気持ちでいっぱいです。できるだけのことはしていきます」
とにかく掃除機のスイッチをおして専務の幽霊に向かって突進した。おれは今やNHkのテレビカメラにさえ写されている。桑子キャスターがあの端正な唇で夜の9時に、
「伊豆沖ランドの社員が電気掃除機を片手に記者会見に乱入しました」と記事を読む姿を想像するとファイトが出た。おまけに朝には和久田麻由子アナも「社員の男が電気掃除機で専務の幽霊を吸い込みました。掃除機にはテレビのガラスや部品が付着していたとのことです」と言ってくれるんだ、きっと。
おれは専務の幽霊を掃除機で吸い込んだ。
専務が消えると記者たちの拍手を浴びた。社長は自分より目立ったおれを睨みつけて首だと叫んだ。
「はっ?どうせ倒産だろう?」
「いや首が先だ」
わけのわからないおれたちの会話の隙に専務の幽霊が掃除機から脱出した。
そして社長に取りついたようだった。
社長は再び席に座った。そして立て板に水のように話し出した
驚くべき内容だった
第二章 第一話
その頃、偽装葬式をやって会社に死んだと思わせた先代からの重鎮、湯船専務はちゃんと日本の足で歩いて、エルトン・マーキュリーのインドカレー店で、キャバ嬢の船越美紀と社長秘書の船越紀子と三人で特製インドカレーナムライス特盛セットを食べていた。
この姉妹は美人だが姉は社長の愛人で妹はエルトンの親戚の愛人だった。
エルトンの親戚はインドでの伊豆沖ランド1000店舗進出作戦の現地総責任者で名前を
フレディ・ジョンと言った。
湯船は二代目の伊豆沖洋を失脚させるために一世一代の大芝居を撃ったのだが、それは湯船がこの船越姉妹の祖父であったから可能な話だった。
最初にエルトン・マーキュリーの店でフレディ・ジョンと名刺交換したときは、二枚の名刺を眺めて「からかっていますか?」
とグーグル翻訳ソフトがAI音声で訳してくれた。
「インドに伊豆沖ランドを展開したら成功間違いなしです」フレディが日本語で言った。
「きっとガンジス川で水浴びしている人も伊豆沖ランドに来るでしょう」
「どうして?」と湯船が聴くと
「スーパー銭湯のすばらしさは身をもって体験したよ」
とフレディは答える。
「伊豆沖ランドは大量に紙や木や機械を売る場所であり風呂屋ではないぞ」
湯船が言うと
「スーパー銭湯の専務だから湯船さんという名前なのかと思った」
とエルトンマーキューリーまで言う始末。
「いっそスーパー銭湯を1000個作るか」
「そしたら私たちもインド旅行に行くわ」
エルトンとフレディが口を揃えて美紀と紀子に言った
「泥の中にでもあると思っているのか、インドのことを」
その時湯船は壮大な失脚計画が頭の中で渦巻くのを感じた。
その頃、山台は屋台でおでんを食べ乍らスマホをいじっていた。
読者はその頃とはどの出来事に対してその頃かといぶかると思うが、その辺は追及してはだめだ。その頃というのはもう時間軸が崩壊したからこそ使う言葉なのである。
ネオンを見ながらホットウイスキーを飲みながらこんにゃくと大根を食べる。熱い。
ヒソンは42歳。韓流ドラマで社長のグラスに毒を入れてひそかにテーブルに運ぶような、そんな顔つきの女だった。
そんな妄想にふけりながら おでんを食べていると突然屋台の隣で男がギターを弾きながら歌いだした。
どこからどうみても福山雅治だった
第二章 第三話|伊豆沖ランド倒産記者会見
拍手して道端に置いている缶の中に100円入れた。
すると俺も知ってる小夜というスナック「小夜」のママが福山を呼びに来た。そして痴話げんかを始めた。福山雅治と痴話げんかができるなんて幸せな女だ、おれにとっては小夜ママは色気を感じないのだが、福山には女なんだろう。
「あなたの方がかっこいい」だった。
お世辞でないことはわかった。おれもそう思っていたからだが俺の場合は、不遜にも負けを認めたくないかそう思いたいだけでヒソンの場合は、日本の永住権のためならなんでも言おうと思っていたのだった。
夜は更けていく。屋台のおやじがいつのまにかいなくなっている。今日はラグビーワールドカップで日本がスコットランドに勝ったから飲みに行くんだとおれに屋台を預けて仲間と湯船美紀のいるキャバクラ「雪女」にいった。雪女は毎年冬に客が店内で一人死ぬというロシアンルーレットのような店だった。