文学創作 小説 詩 ポエム エセーのためのカフェ
猫と一緒にゆったりと暮らしていたぼくは、ハーモニカのテストの日の夜、ショッキングな話を聴くことになった。
ぼくのうちでは土間に釜がありそこでかつては米を焚き鍋を使っていた。十畳くらいの広さで炭置き場を出てすぐの所には水の組だしポンプがあり、ぼくが生まれた時はさすがに水道が通っていたが、村には共用の井戸が六ヵ所あり、それは猫の縄張りと同じような散らばり方だったが、いまだに井戸の水で生活している人もいた。ぼくの家のポンプもまだ機能はしていて夏などその水は冷たく美味しかった。その土間はその頃には水道のみならず電気・ガスが通って、すでに土間の役割は果たさなくなっていた。したがってそこに板が張られ、部屋の一部として使われていた。
かつての土間には電気釜、ガスコンロ、水道の通った流し台が置かれていて、それは美しくなく、かつての土間のままの暮らしの方が不便でも味わい深かったことだろうと思う。その土間に隣り合う四畳半の部屋に掘りごたつを置いて、食事をするのだった。
ミルは土間の端に置かれた自分の茶碗を平らげてぼくらの脇に丸くなって寝ていた。
食事が終わって母がぼくと兄に言った。
「前から家を探していたでしょう。大分とか臼杵の住宅地とか連れていったけど、どこに建てるか決まったのよ。別府の海の見える山手の方」
そしてそれはすぐにでも工事に入り、ぼくが中学に入学するのにあわせて、我が家は別府に引っ越すのだと言う。ぼくは以前どこに家が建つのがいいか聞かれて、今の家の近くがいいと答えており、別の市になるとは夢にも思っていなかった。ぼくのわがままは最終的には通ってきたのだ。
しかし兄はすでにこのことを察知していたみたいで、軽く頷いただけだった。そうなるとぼくもとりあえず頷くしかなかった。もしかしたら母と兄でぼくにすんなりと認めさせる作戦だったのかもしれない。
ぼくは立ち上がって土間に下りた。そして、もともとの土間だった時代の炭置きの棚から液体の入ったコルクで栓をした壜を取り出して、中味を流し台に捨てた。それはかれこれ三ヶ月間、毎日五分づつほどコーラや醤油、ソースに味噌汁(アオサ、アサリ、わかめ等々何種類もの)、オレンジジュース、カルピス、雑草を潰して出来た緑の液体、ミミズの死骸のエキスの入った水、雨水、海水、唾。猫の尿に人間の尿、鼻くそ耳くそ目やにフケ、といったものを少量づつ入れてはかき混ぜて、そのうち爆発的に新しい液体が完成するのではと期待していた。気持ちの悪いことはやめなさいと母に言われていたが、なんであれ、一つのことをこつこつやるのはいいことだという父のおかげで続けることができていた。
流しからは特に異臭もなく水道できちんと流した。
手を洗って食卓に戻った。
「すぐに新しい友達ができるわよ」
当たり前の人間に当たり前に起こってきたことを、多少変わった所のあるぼくに常識として押し付ける言葉に聞こえた。ぼくは友達がすぐにできるとは思えなかった。といってぼくにはたくさんの薄っぺらの友達がいた。そして、敵もいた。