【ブログ版】世界の名作文学を5分で語る|名作の紹介と批評と創作

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オーストリアの作家アーダルベルト・シュティフター作「晩夏」

 私が一番影響を受けた本は、普通誰もよまない長編小説です

オーストリアの作家アーダルベルト・シュティフター作「晩夏」です。

短編集には比較的?有名な「石さまざま」がありますが、どれも珠玉の名品と言えるえしょう、ただしこちらもほとんど日本では読まれません。

さて晩夏は一人の青年が、雨宿りのためにたちよった屋敷で、そこの主リーザハ男爵と知り合い、懇意になり、様々に教えを受けるようになります。ハインリヒは豪商の息子で、将来は自然科学に携わろうと研究をする傍ら、美術にはほとんどプロ並みに関わりますし、古代ギリシャ語でホメロスアイスキュロスを読んでいます。


物語ですが

これが

ありません

まあ一応は膨大な長さの中でやがてリーザハの養女ナターリエと婚約するのですがそこにはなんのドラマもありません。

ドラマ性のある個所と言えば、一か所だけ。

婚約が決まったハインリヒにリーザハが家族になるのだからと、自分の過去を語るところがドラマらしいドラマです。リーザハは若い時の失敗でマチルデという女性を失い、その後、官僚となり執務に没頭し、ナポレオン戦争終結に向けて大いに功をあげ、皇帝の覚えめでたく男爵となったのですが、マチルデと別れた傷がずっととれませんでした。

やがて引退したリーザハの屋敷にマチルデが二人の子供を連れて訪問し、二人は結婚はしないものの、精神的夫婦として老後を送ることとなります。

こう書くとリーザハの物語が綴られているように感じますが、これは全体の1/20もなく、あとは何が書かれているかというと、ハインリヒの学問と美術と古代文学にかかわる日常生活です。

えっつ?

と思うかもしれませんが、延々とそれが書かれているので誰が読んでも退屈と言われ、英訳などはされていないようであり、本国オーストリアでも読む人はいないと言われます。

同じく長編の教養小説であるスイス人ケラーの「緑のハインリヒ」は筋立てもとても面白いし(でもなぜか日本ではほとんど読まれません)ゲーテの「ウィルヘルムマイスター」に至っては世界文学の金字塔です(でもいまどきは読む人も減りました)

ただシュティフターの「晩夏」は評価は高いのです。というのも、リルケがべたぼめしてるし、あのニーチェがほめたたえてるし、そしてトーマス・マンが大絶賛しています。だからやはりいい作品なのでしょう。

私は二回通読し、ほぼすべてのページにラインを引いています。

ほんとにあの世界に熱中したものでした。


自分の中で何か静かに見つめたいものがある人にはおすすめです。

この作品は人間の鏡になり、その人の魂を映し出します。

世の中のざわつきからも、自分自身からも遠く離れて、人里離れた山の温泉宿で1か月過ごす、ような体験ができます。

「晩夏」の世界には入りづらいですがひとたび入ると、もう心の故郷になります。そんなところがリルケニーチェトーマス・マンに受けたのだと思います。


私の場合、いよいよ不治の病で入院したら、病室には必ずこの「晩夏」を枕元に置いておこうと思っています。